ドイツユーバーリンゲン上空航空機衝突事故(2002年)と犠牲者家族カロエフの悲しい事件




こんにちは tomoです。

2019年5月23日放送の

【奇跡体験!アンビリバボー2時間SP】は、

ユーバーリンゲン空中衝突事故について

放送されます。

そこで、ユーバーリンゲン空中衝突事故

その後に起きた事件についても調べてみました。

2002年7月1日にドイツの

ユーバーリンゲン上空で、

2機の航空機が衝突するという

驚きの事故が起きました。

この時、飛行機に乗っていた、

乗客はもちろん、乗務員を含めて、

全員帰らぬ人になってしまうという、

生存者0の事故だったんです。

なぜこのような事故が起こったのか、

事故後の犠牲者家族ビタリー・カロエフが起こした

悲しい事件をまとめてみました。

【アンビリバボー】の放送内容

空港で家族が搭乗している航空機を

待っていた1人の男性。

しかし、家族が搭乗している便の

掲示板の表示が「遅延」に変わった。

さらに、その後掲示板から便名自体が消えた。

一体どういうことなのか?実は…。

2002年7月、ドイツ上空で2機の航空機が

空中衝突するという前代未聞の事故が起きた。

生存者0名の史上最悪の航空機事故。

男性の家族はこの航空機に

搭乗していたのだった!

のちに回収されたボイスレコーダーには、

信じがたいクルーたち、

そして管制官のやりとりが記録されていた!

衝撃の事件。その真相とは!?

そして、この事故により家族を失った男。

彼は「ある人物」を探していた。

そして、男が「ある人物」を突き止めた時、

運命の歯車が大きく狂い始める。

1つの事故が家族の運命を変えた

アンビリバボーな一部始終とは!?

そして、驚きの結末とは!?

ユーバーリンゲン空中衝突事故

ロシアからスペインに向かっていた、

ロシアのバシキール航空機2937便と

DHL611便の貨物機が

ドイツ南部のユーバーリンゲン上空で衝突したんです。

この時、71名が犠牲になりました。

犠牲になったのは、2937便の

乗務員5名・客室乗務員4名・乗客60名、

DHL611便は定期貨物便だったので、

機長と副操縦士の2名、合わせて71名です。

2937便は、チャーター便で、乗客の大半は、

選抜試験に合格した褒賞として招待された、

ウファ市内の小中学生。

他には引率の教師と保護者だった。

犠牲となった子どもたち45名は、

スペインのバルセロナで開催される

ユネスコフェスティバルに参加した後に

カタルーニャ地方のリゾート地で

休暇を過ごす予定になっていた。

この時、バルセロナ行きの定期旅客機に

乗る予定だったが、乗り遅れたために、

急遽チャーター便を用意してスペインへ向かい、

事故に遭ってしまいました。

運命のいたずらというか、

搭乗予定の便に乗り遅れなければ、

このような惨劇に逢わずにすんだのでは

ないかと思うと、切ない気持ちでいっぱいです。

事故はナゼ起こったのか

それにしても、

なぜこのような事故が起こってしまったのでしょう

事故当日のドイツ、

バーデン=ヴュルテンベルク州南部の空域は、

スイスの管制区域になっていて、

チューリッヒにある民間航空管制会社の

スカイガイド社によって管制されていたんです。

スカイガイド社は、スイス領空全域及び

ドイツ領空南部を管制していました。

広範囲を管制していたんですが、

基本的に2人体制で行われています。

そして、驚くことに、深夜帯は1人は休んでしまい、

1人で業務を行っていたんです!

2つのモニターを1人の管制官により

管制されていたんです。

さらに普通は、管制管轄域内で

飛行機が異常接近したりした場合には、

管制センターの接近警報装置(コンフリクト・アラーム)が

警報を発するようになっていたんですが、

この日は現地時間23時過ぎより、

機器点検のため、

主要モニターの機能が大幅に限定されていて、

警告を発する機能を含め、

表示は2分遅れに、

また、電話も主回線をつかうことができず、

予備回線のみとなっていたんです。

さらに、フリードリヒスハーフェン空港へ

遅れて着陸する便があり、

管制官は空港管制官に誘導を頼むための

電話をかけたんですが、何故か不通だったため、

管制を頼むことができなかったんです。

そのため、進入管制におよそ5分間

掛かりっきりとなってしまい、

2937便と611便の異常接近に

気付くことができなかったんです。

そして、最初に気がついたのは、

ドイツの航空管制官だったんですが、

スイス側への電話連絡も不通だったという、

不幸が何重にも重なり、

このような結果になってしまったんですね。

休んでいた、もう一人の管制官を起こすことは、

しないんですね。

身近な身内からと、思うんですけど…。

衝突50秒前に、2937便と611便の

両方ともの空中衝突防止装置(TCAS)が

他方の機影を捉えています。

衝突43秒前、管制官が両便が同高度で

接近していることに気づき、

2937便に「交錯する機があるので、

早急にフライトレベル350へ降下せよ」と、

指示をしました。

そこで2397便は、降下を試みたんです。

一方の611便は、空中衝突防止装置の指示に従い、

降下を開始していました。

実はこの時、2397便の空中衝突防止装置は、

上昇を指示していたんですが、

管制官の指示にしたがったので、

両機は衝突してしまったんです。

衝突18秒前に、611便が管制に通報をしたんですが、

衝突13秒前に管制官は、2937便に対して、

「他機が2時の方向から飛来する」

という連絡を行っていたところだったので、

管制官は最後まで、両機が降下していることに

気づくことはなかったそうです。

これはヒューマンエラーということになるんですが、

一人では難しい状況と思うんです。

カロエフが起こした悲しき事件

2004年2月24日、妻と子供二人を

ユーバーリンゲン空中衝突事故で失った

ビタリー・カロエフは、

事故原因になった管制官

ピーター・ニールセンを見つけ、

亡き者にしてしまったんです!

ニールセンは、事故後、

管制官の職を辞していたんですけれど、

カロエフは、どうしても気持ちの整理が

付かなかったんでしょう。

ニールセンの自宅へ行き、

妻と子の写真を見せ、謝罪を求めたんです。

すると、ニールセンは、

カロエフの家族の写真を捨て、

謝罪もしなかったんです。

これに腹を立てたカロエフは、

その場で、復讐を遂げてしまいました。

カロエフは逮捕され、

懲役8年を言い渡されましたが、

妻と子供を失ったカロエフは、およそ2年間、

ショックのあまり、働くことも無く、

毎日のように妻と子供が眠る墓前で

過ごしていたということです。

このことから、事件時の心神喪失により

責任能力がないと判断され、

刑期が5年3ヵ月に短縮されています。

まとめ

今回ユーバーリンゲン空中衝突事故

その後に起きた事件が気になったので、

まとめてみました。

たくさんの不運が重なっていたので、

このうちの一つでも解消されていれば、

航空事故やその後の事件もなかったのでは…

こんなことが、二度と起こらないように、

しっかりと対策をしてほしいと思います。

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