山田かまちの喜び哀しみ心の叫び!17年間生きた思いを!!【美の巨人たち】

夭折(ようせつ)の天才山田かまちさんが

【美の巨人たち】で紹介されます。

なので山田かまちさんのことが気になり、

調べてみました。

みなさん一緒に確認していきましょう!

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山田かまちさんとは?

名前 山田かまち

生年月日 1960年7月21日

没日 1977年8月10日

出身地 群馬県高崎市

かまちさんは、BOØWYの氷室京介さん・

松井恒松さんと同級生でした。

一緒にバンドを組んだこともあったそうです。

BOØWYのファーストアルバム「MORAL」に

収録されている「MORAL」は、

山田かまちさんを歌った歌だと言われています。

かまちさんは、小学3年生の時冬休みの宿題で、

動物の絵を描いたそうです。

その数52枚ほどをおよそ1時間で書き上げたそうです。

52枚の絵を1時間ほどで描くとは、凄いスピードですよね。

動物の絵を描きなれていたのではないでしょうか!

かまちさんは1歳半より絵を描くことに

熱中していたとのことですし、

小さい頃より動物の絵も描いていたと思われます。

小学3年生の時に書いた動物の絵は、

当時の担任が保管していたため、

現在では高崎市にある「山田かまち美術館」にあるそうです。

幼少期から小学校にかけては、

絵を描いたり詩や物語を書いたりしていたそうです。

かまちさんは、並はずれた独創性を発揮し、

周囲の人々を驚かせていたそうです。

この独創性が私のような凡人には無いのですよね。

そこが”天才”と言われる所以ですよね。きっと!

中学校に入学してからは、友人たちと

音楽や世界について語り合ったり、

天体観測に夢中になるなど

好奇心いっぱいの日々を送っていました。

その中で多くの絵や詩を書き綴ったそうです。

予備校、高校での新しい出会いは、

かまちさんに更なる友情と恋を教え、

さらに多くの作品が生まれます。

16歳の1年は高校浪人をし、予備校へ通っていました。

その後、群馬県立高崎高等学校に入学します。

高校1年生の8月に自宅で

エレキギターの練習中に感電する事故にあい、

突然の死を迎えました。

この時のエレキギターは、17歳の誕生日に

贈られたものだったそうです。

誕生日から、わずか20日ていどでしたね。

かまちさんの死後、部屋に残された

大量の絵と詩文が世にでることになり、

思春期の少年の揺れ動く思いと心の叫びが、

人々に衝撃を与えました。

かまちさんの絵は繊細で美しいです。

水彩画の色使いのきれいなこと!

17歳までにこれらを描き上げているとは、

素晴らしいです。

才能あふれるかまちさんなので、

神様が嫉妬をして、早く天に召されてしまったのですね。

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山田かまちさんを【美の巨人たち】で紹介!

 出典:http://www.tv-tokyo.co.jp/

山田かまち「青い自画像」

多感な時期の怒りや不安・苦悩を綴った詩と、

鮮烈な色彩表現の絵を数々残した少年、山田かまち

短くも懸命に生きた彼の自画像は、

なぜ青に包まれているのかーー?

今から40年ほど前、17歳でこの世を去った山田かまち

膨大な数の絵と、おびただしい言葉を残し、

今も多くの人々を惹きつけています。

彼が残した水彩画は鮮烈な色彩表現が最大の特徴です。

代表作『プリーズ・ミスター・ポストマン』は、

軽やかな虹色。

一方、今回の作品『青い自画像』は、

ゆらゆらと炎立つ青に包まれています。

青は17歳の叫び。

その意味は?

短く激しい人生を、残された詩や言葉とともにたどります。

まとめ

今回山田かまちさんのことが気になり、

まとめてみました。

まさに”天才”ですね。

他に言葉が見つかりません!

17年の人生にギュッと凝縮されていたのでしょう!!

今も生きていたら…そう思ってしまいますけれど…。

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