田中寛重は箱根駅伝タスキ忘れスタート!?あれから28年の現在は?【アノ人に会ってみた】

今からおよそ28年前の1990年

第66回大会 箱根駅伝復路で起きた

「襷」を忘れてスタートしてしまった

当時、亜細亜大学1年生の田中寛重選手が

【衝撃のアノ人に会ってみた!2017秋】に登場します。

なので田中寛重さんの大会後や現在が気になり、

調べてみました。

みなさん一緒に確認していきましょう!

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田中寛重さんのこと

出典:http://www.hochi.co.jp/

名前 田中寛重

出身地 東京都町田市

生誕 1970年

血液型 A型

最終学歴 亜細亜大学中退

1990年1月3日、箱根駅伝で事件は起きました。

前日の往路では、

大東大が大差をつけての1位となり、

出場15校のうち8校が

10分以上の差を付けられたため、

復路は8校が繰り上げスタートになりました。

8校のうちの1校に亜細亜大学も居たのです。

田中さんは他校の7選手と共に、スタートしました。

しばらくすると、

タスキが無いことに気づいたそうです!

田中さんは1人だけUターンし、

血相を変えて戻ったそうです。

そりゃあ そうですよね。

あるはずの物が無いなんて、

ましてや大事なタスキですよ!

タスキは前日に5区を走り、

田中さんの付き添いを務めていた

3年生の松葉さんの首にかかっていました。

それは、忘れないように目立つように

かけていたそうですが、

田中さんも松葉さんも、他のだれも気が付かない

ということになってしまったんです!!

松葉さんはスタートしたはずの田中さんが

人混みをかき分けてくる姿を見て、

タスキを渡し忘れていたことに気づき、

松葉さんもおよそ20メートルを猛ダッシュし、

タスキリレーをしたそうです。

この際、スタートラインの前方で

タスキの受け渡しを行っていたら、

失格だったそうです。

危なかったですね!

およそ1分間をロスし、レースに復帰。

前を走る選手を追い抜いたのですが、

さらなるアクシデントが発生です!

左ふくらはぎがけいれんし、

ペースダウンしてしまいます。

その結果、田中さんは1時間5分55秒で

区間15人中14位で終わりました。

亜細亜大は大手町にゴールしたときには、

最下位でしたが、

チームメートの誰一人

田中さんを責めた人はいなかったとのことです。

大学2年生に雪辱を誓った田中さんに、

またまたアクシデントが!

2年生の秋に交通事故に遭い、

その際、肋骨を骨折し、

骨が肺に刺さる重傷だったそうです。

その後競技生活をあきらめ、退部。

3年に進級後に大学も辞めてしまいました。

退学してからは、箱根駅伝は意識的に

見ないようにしていたそうですが、

亜細亜大が優勝した2006年には、

テレビの前で夢中で応援し、

現在は毎年楽しみに箱根駅伝を見ているそうです。

やはり、6区の選手がタスキをかけているかは、

気になるそうです!

現在の田中さんは、神奈川県で電気通信工事業の会社

「ランフィールド」の代表取締役社長になっています。

前を向いて努力した結果が今あるんですよね。

「ランフィールド」という社名から、

走ることが好きなのがわかりますね。

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田中寛重さん【アノ人に会ってみた】に登場!

箱根駅伝SP・・・

前代未聞!タスキを忘れたアノ選手が驚きの転身。

この選手が田中さんですね。

予告から、こんなことがあったのか!と気になりました。

現在の田中さんは、

ランナーだったとは思えない体格ですが、

やさしそうな笑顔が、

人柄を表しているようですよね。

まとめ

今回田中寛重さんが気になり、まとめてみました。

田中さんはすごい選手だったんですよね。

1年生から箱根を走れるほどなので、

とても速かったんですよね。

度重なるアクシデントがあった人生ですが、

この先はきっと上手くいく人生な気がします。

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